5冊目は
「これからの男の子たちへ/男らしさから自由になるためのレッスン」です。
著者である太田啓子さんは離婚・相続等の家事事件、セクシャルハラスメント・性被害、各種損害賠償請求等の民事事件を主に手がける弁護士で、男の子2人を育てる母親の視点から社会から性差別や性暴力をなくすために男の子をどう育てるべきかということをテーマとしている本です。
本書にはたくさんの専門用語が出てくるので整理しながら以下にまとめ紹介していきます。
有害な男らしさ→1980年代にアメリカの心理学者が提唱した言葉。社会のなかで男らしさとして当然視、賞賛され男性が無自覚のうちにそうなるように仕向けられている特性の中に暴力や性差別な言動に繫がったり自分自身を大切にできなくさせたりする有害な性質が埋め込まれているという指摘を表現しています。
それを具体的に示したものに男性性の4要素があります。
これは「男らしさの終焉」という本に紹介されているもので
①意気地なしはダメ(弱さをみせてはいけない)、②大物感(序列への執着)、③動じない強さ(ネガティブな感情を抑える)、④ぶちのめせ(攻撃的暴力的な態度をとる)といった内容のものです。
さらに、そうした男らしさを共有する男性同士が連帯してつくる結びつきをホモソーシャルと言います。ホモソーシャルの問題点は女性や男らしさを欠く男性が排除される傾向がある点です。その代表として男性同性愛者は嫌悪され嘲笑の対象となります
ホモソーシャルな集団ではつねに誰が最も男らしいかを競いあう価値観が支配的なのでみずからの優秀さを証明し続けお互いの序列を意識することを強いられます。それゆえ男性はプレゼンテーションは出来ても、コミュニケーションがとれない傾向があります。固定した上下関係が支配的でフラットな双方向の関係性がありません。友人関係であったとしても序列に対する執着が強く負けていても屁理屈で負けていないことにするインチキ自己肯定で自尊心を保とうとする一例としてサウナの我慢比べで去り際にサウナ飽きたから出るわといった話が紹介されていました。
男性は自尊心を年収や肩書き、女性の獲得、他者に勝つことといった外部のスペックに依存してしまう傾向があり、自分自身では自尊感情を供給できないため褒められないと機嫌を損ねる。
男性は達成か逸脱かどちらかで自分の存在を証明しようとする。男性は努力して手に入れる物語に弱く「努力し達成した自分は異性との関係でも報われるはず」というストーリーを勝手に作り出してしまう。トロフィーワイフという言葉があるように配偶者や恋人を対等なパートナーではなく自分の成功に付随する財貨とみなす傾向がある。モテない劣等感をこじらせたインセル(自分で望んだわけでもないのに女性と性的な関係を持てない男性)は女性から蔑視されているために恋人が出来ないと考え女性への憎悪や被害者意識を強く募らせ殺人事件や暴力事件を起こす事例がたくさんありその一例として秋葉原で無差別殺傷事件を起こした加藤智大死刑囚のネットでの書き込み「彼女がいない、この一点で人生崩壊」があげられていました。
女嫌いの女体好きというネットスラングには女性とセックスはしたいがコミュニケーションは取りたくないことを示すとしコミュニケーションの省略は女性蔑視(ミソジニー)の特徴のひとつとしてあげられていました。また女性を神格化することもミソジニーの一種であり、女性のことが分からない。分からないから怖い。怖いから敵対視か絶対視するようになるという構造です
男性は弱さをみせると負け犬として扱われるため自分の感情に対する解像度が低いため、不快や不安といった感情にラベリングができず、よくわからないから取り除けといった極端な反応(不機嫌な態度や暴力的な発言など)をしやすい傾向がある
そのほか世の中に蔓延する性暴力を娯楽にする表現の具体例を詳述して社会で解決しなくてはいけない問題だと提唱していました。自分自身も知らないことが多く、現実におきた性暴力事件をまるでポルノを見るように性的対象として楽しむ「性犯罪傍聴マニア」の存在は衝撃的でした。
内容が多岐にわたりましたが本書で著者が訴えたい骨子は女性を人間として普通に尊重すること、男らしさを競うことをやめ男らしくない人を馬鹿にしないこと、自分の孤独や不安を勝手に自分より下と決めつけた他人を貶めることで紛らわそうとしないことです。さまざまな差別は自分より下だと勝手に思う属性をつくりだし、その属性をもつ人を貶めることによって自分の不安を紛らわそうとする弱さからくると著者は指摘し他人と比較して上か下かという価値観をリセットしてできるだけフラットな関係性を構築出来るように意識して欲しい、いつも教える側ではなく、教えることも教わることもある関係。助けることも助けられることもある関係。同じ人間ならそれが自然ではないでしょうか、常に自分が上でないと心が落ち着かないというのは不健全で不幸なことです、新しい常識をつくって一緒に社会を変えていきたいと訴えていました。気分のよくない話も正直ありましたが世の中に蔓延している間違った知識によって苦しんでいる人がいることや意識していなかった事実を学ぶことができてよかったです。良ければ読んでみてください。




